勉強会(12)諸聖人の日とウィーンの墓地

2021/11/29

勉強会

 第12回勉強会 沢山あるウィーンの墓地を散策してきました。

日本の8月のお盆に似た行事(地域によっても異なるようです)が、すべての聖人と殉教者を記念する 11月1日の<諸聖人の日>です。ドイツ語では、<Allerheiligen>(アラーハイリゲン)と言います。

次の日11月2日が<死者の日>ですが、カトリック信者の多いオーストリアでは、1日が祝日に当たる為現代ではこの日に先祖のお墓参りに家族で訪れます。

ウィーンには、なんと50箇所以上の墓地や納骨堂があり、特に音楽家のお墓は観光客の方もよく訪れますが、皇帝や政治家、芸術家、悲しい事故や戦争の犠牲になった方、歴史の登場人物、様々な宗教の方が永眠されています。

ウィーン人にとって墓地は、故人の最後の場所だけではなく、自然豊かで、散歩がてらにのんびり訪れる場所でもあります。時に芸術的で故人の人柄が良く表されてい墓石の前で足を止めて語り合い、思い出は永遠に引き継がれていきます。亡くなった日が最後ではありません。

ロックダウン前に、ガイドメンバーが異なる墓地を訪ね写真を取ってきました。お墓参りの気分になって頂ければと思います。


1.ウィーン中央墓地 ( テオフィル・ハンセン )

文・写真:大渕元子


ウィーンの墓地といえばまずこれでしょう。

ウィーン市南に約2.5㎢の敷地面積に30万を優に超えるお墓数を誇る(?)ウィーン中央墓地。


あのニューイヤーコンサートが行われる「楽友協会」をはじめ、リング通りの豪華建築物を いくつも手掛けたテオフィル・ハンセンのお墓と作品のひとつである墓石をご紹介します。


左:ハンセンの墓(墓石はニーマン作) 右:シューベルトの墓(墓石はハンセン作)



2.グリンツィング墓地 (グスタフ・マーラー)

文・写真:井上 元子

ウィーンの森の北側のふもと19区で、ブドウ農家の居酒屋さんホイリゲが多いことでも人気のある地区、グリンツィングの墓地 Grinzinger Friedhof 。

作曲家で指揮者、今のウィーン国立歌劇場の監督にまで上り詰めたグスタフ・マーラーのお墓。

 グスタフ・マーラーGustav Mahler (1860-1911) のお墓 


彼の妻、アルマ・マーラー・ヴェルフェル Alma Mahler-Werfel (1879-1964) のお墓 


3.マイドリンク墓地

ウィーンの主要駅の一つ、12区のマイドリンク駅に隣接する墓地。
野生のハムスターの生息地の一つとしても知られる。

郵便はがきを世界に先駆けて公式に導入した、エマニュエル・ヘアマン教授のお墓。(写真:カール由紀子)

彫刻家フランツ・シフラーのお墓。墓石はクリムトの「接吻」にインスピレーションを受けたもので、非常に色鮮やか。(写真:カール由紀子)



4.ヒーツインガー墓地 ( アルバン・ベルク )

文・写真 : ウィーンガイド めぐみ 
ハプスブルク家の夏の宮殿シェーンブルン宮殿に近いHietzinger Friedhof(ヒーツィンガー墓地)は13区にあります。

Alban Berg 1885−1935アルバン・ベルクのお墓

裕福な家庭に生まれたアルバン・ベルク生誕の家はウィーンの旧市街にあります。洗礼はオルガンコンサートで現在は観光客がよく訪れるペーター教会です。アーノルド・シェーンベルクに学び、作品に十二音技法を使用した20世紀初頭のオーストリア出身の作曲家として活躍しました。現在は、フランツヨーゼフ皇帝の隠し子であった妻のHelene(ヘレーネ)と共にヒーツィング墓地に眠っています。(12月24日50歳没。)

私は、ウィーンのガイド学校にいた頃、クラスメイトと3人でヒーツインガー墓地にある多くの有名人のお墓を勉強していました。少し離れた場所にあるアルバン・ベルクのお墓がなかなか見つからず、辺りが暗くなった頃ようやく発見。しっかり学び、心は満たされましたが、とても寒く疲れた足でやっと家路にたどり着いた事を覚えています。
その数週間後、ウィーン国立オペラ屋のチケットを偶然頂くことになり、封筒を開けると3枚のアルバン・ベルク作品のオペラWozzeck(ヴォツェック)のチケットが入っていました。
指揮は、2002年から2010年まで音楽監督を努めた小澤征爾氏です。
空から見ていた偉大な音楽家アルバン・ベルクが、お墓参りだけではなく、私達に自分の作品も実際に見るようご褒美を与えてくれたのかもしれません。