Mauthausen強制収容所に収容されたのちの首相 レオポルド・フィーグル

2022/06/24

雑記 州OÖ 歴史


ミノリーテン教会とフィーグル首相像

街ごと世界遺産の旧市街を散策していると、今年は、コロナパンデミック前と変わらず観光客が連なる人気の<カフェCentral>が、目に入ります。この夏は、ヨーロッパに加えアメリカからの観光客をウィーンの旧市街で見かけます。マスクをかけている人は、街中、空港、飛行機の中でも少数派ですが、病院、薬局、ウィーンの交通機関ではFFP2マスクが必要になりますので随時お持ち下さい。

カフェからちょっと脇道に入ると、人がぐっと少なくなり突然大きな教会が現れます。
<ミノリーテン教会>です。
現在はイタリア人がミサによく訪れる教会ですが、ここを訪れる日本人観光客はとても少なめ。
実はこの教会は、13世紀に建てられ、時代と共に変化した建築様式やミラノの修道院にあるレオナルド・ダ・ヴィンチ作品同様9m以上の<最後の晩餐>も鑑賞でき、貴重な建造物が多くある為、ウィーンガイド試験の試験官が会場によく選ぶ試験会場の一部の教会でもあります。

その教会の前に、男性の銅像があります。
第2次大戦後に最初に首相となった政治家のレオポルド・フィーグルです。


第37回目のウィーンÖVP政党・党大会 

コロナパンデミックを乗り越え今年は多くの党大会が再開されました。
写真はオーストリア国民党(ÖVP)の第37回目のウィーン党大会の様子です。現在のカール・ネーハマー首相や、2000年から7年間首相を務めたウオルフガング・シュッセル元首相も臨席されました。
この国民党の創始者の一人が、教会前の銅像の主フィーグル元首相です。


マウトハウゼン強制収容所とレオポルド・フィーグル首相

レオポルド・フィーグル(1902-1965)首相が政治活動をしていた時代は、独裁者ヒットラー率いるドイツにオーストリアが併合された激動の時代です。
ヒットラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)、ナチ党の政治に賛同できない政治家は、1938年ドイツのミュンヘン近郊にある最も古い収容所の一つであるダッハウ強制収容所に送られました。そのうちの一人がレオポルド・フィーグル元首相です。
日本では、収容所=ユダヤ人の収容所と思い浮かべる方が多いと思いますが、最初の収容は政治犯と呼ばれた方々、その国の有名な政治家,ウィーン市長ももちろん当時の首相もです。軍や警察の役人、法律家、ジャーナリストなど職業も様々な人達たちです。
その後、収容人数は国を超え、目的も変化しどんどん増え続けます。彼らは持ち物を没収され、番号をつけられ、自由と人権、家族に財産、そして命を奪われました。


ウィーンから電車で1時間15分、オーバーエースタライヒ州の首都リンツ近郊にある
採石場<マウトハウゼン>にも当時の収容所が残されており現在も見学することが可能です。
<マウトハウゼン強制収容所>には、1938年の8月からアメリカ軍に解放された1945年の5月5日まで19万5千人の方が収容され半数以上の10万5千人が命を落としました。
この収容所にレオポルド・フィーグルが移されたのは1944年10月の事でした。
現在のマウトハウゼン収容所は、今までに見てきたチェコのテレージン収容所、ポーランドのアウシュビッツ・ビルケナウ収容所、ベルリン近郊のザクセンハウゼン収容所などと比べ、綺麗に片付けられた内部の場所と、昔の記憶を残した部分の場所を訪れる年齢によって区別できるようしっかり分けている気がします。記念館では、訪問の年齢を14歳以上からをすすめています。
日本では、終戦の夏に多くのドキュメンタリーが放送されて歴史を振り返り学ぶことができます。今年の夏はオーストリアで、ウィーンガイドと共に歴史も同時に体験してみませんか?

マウトハウゼン強制収容所への行き方

オープン期間 3/1-10/26 (10/27-2/28冬時間は月曜休み)
オープン時間 9:00−17:30/入場16:45まで (冬時間は9:00-15:45 /入場15:00まで)
クリスマス時期、年末年始休み 
入場料 無料 

ウィーンからリンツまで電車で1時間15分
駅のバスターミナルからバス361番で36分、Mauthausen Memorial で下車。
現在は2時間おきに8時から14時までの45分発は目の前の駅で止まりますが、それ以外の時間だとタクシー。上記時間外で交通機関(バス)ご利用の場合は、目の前の駅では止まらず20分以上歩くことになる為気をつけ,せめて帰りは近い停留所から乗れるよう駐車場にあるバス停留所で時間を確認しましょう。