二人のナイトハルト

2023/03/13

ウィーンの季節 雑記 歴史

ハプスブルグ家以前にウィーンを中心としたオーストリア地域の領主であった バーベンベルグ家の宮廷で活躍した叙情詩人にナイトハルト・フォン・ロイエンタールがいます。

叙情詩人が歌う内容は、騎士道や貴婦人への愛が多かったのですが、 このナイトハルトは貴族から見たら下賤な農村民をテーマにした歌もたくさん残しました。 社会批判をパロディーやアイロニーで表現した歌を作りました。

それから100年くらい後、ハプスブルグ家の宮廷道化にナイトハルト・フクスという人がいました。

道化はおかしな服装、おバカな行動を隠れ蓑に、領主(上司)批判も許されましたので、 批判が許されるギリギリの線を見極めることのできる頭脳の持ち主でなければ務まりませんでした。

道化のナイトハルトは、叙情詩人のナイトハルトの歌に残された世界観、 社会批判の代弁者とての役割もしました。 おそらく一番知られているのは、 貴族の子息・令嬢が「その春最初のスミレを探しに出かけ、💩とご対面」という、 日本の小学生が大笑いして喜びそうなお話です。 デジタル化された版画をウィーンミュージアム・ナイトハルトパーティールームでご覧いただけます。

ウィーンはこの冬も、寒さの厳しい時期もあったものの全体的には暖冬基調で、 すでに春を告げるスミレが出始めています。

スミレといえば、フランツヨーゼフ皇帝のお妃、エリーザベト皇后が スミレの花の砂糖漬けを好んだことはよく知られていますので、 今回はあえて別の話をしてみました。

ところで、この道化のナイトハルトの墓石とされているものを調査してみたところ、 何と2人の男性の骨だったそうです。 そのためこれは二人のナイトハルト、叙情詩人のナイトハルトと道化のナイトハルト のお骨ではないかともいわれています。 道化らしく何とも人をくったお話ですが、でも面白いですね!


ナイトハルトの墓石といわれているもの


ナイトハルトの歌の世界を目で見てみたい方は → Neidhart Festsaal : WIEN MUSEUM




大渕元子